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2022年、障害者権利条約の批准国として日本が初めて国連から審査を受けて、インクルーシブ教育の権利保障について勧告が出されました。
障害や様々な差異によって差別を受けない教育は欠かせないものですが、そもそも日本や他国の教育がどのようになっているのか、ということを知ることは今後インクルーシブ教育を考える上で有用な参考情報となります。
今回の記事は日本ケアフィット共育機構の学生インターンが日本や海外の教育について比較調査をした内容をご紹介します。
ライター紹介
日本ケアフィット共育機構 学生インターン 樋浦 彰真
神奈川大学 国際日本学部 国際文化交流学科所属。
今回は所属するコースの留学生ネットワークを活用して各国の教育について調査。
「福祉」という言葉を聞いて私がはじめに思い浮かべるのは、教育です。
福祉は様々なジャンルのものと関係していますが、その中で教育のイメージが大きいのは、私がまだ大学生で、児童・生徒・学生という立場で物事を見てきたからだと思います。
特に小学校から中学校にかけて、特別支援学級に属している友人と様々な話をしたり運動をしたりしたことをよく覚えています。今回は数ある福祉のテーマの中でも教育について書いていきます。
私が通っている神奈川大学には、日本へ学びに来ている留学生が多くいます。今回は中国・モンゴル・イタリアから来た学生たちに協力してもらい、以下の質問を投げかけました。
これらを念頭に置き、インターネットも活用しながら各国の教育についてまとめました。
まず、日本の事例を紹介します。
日本には特別支援学校および特別支援学級があります。
文部科学省のホームページによると、特別支援学校は『障害による学習上又は生活上の困難を克服し自立を図るために必要な知識技能を授けること目的とする学校』、特別支援学級は『障害による学習上又は生活上の困難を克服するために設置される学級』 と定義されています。
参考:https://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/tokubetu/002.htm外部サイト
この他にも通級指導教室や通常学級での学習など、障害の程度に応じて様々な種類の学びの場があります。
令和4年度の学校基本調査によると、国立が45校、公立が1,111校、私立が15校となっており、日本全国に1,171校の特別支援学校があります。 かつては「特殊学級」とよばれる学級が存在しましたが、障害の重度化・重複が増えたことやLD(学習障害)・ADHD(多動性障害)の子どもたちへの対応が重要視され始めたことから、2007年に盲学校や聾学校、養護学校などと統合され、特別支援学校(学級)となりました。
次に、障害のある子どもたちの学びについて簡潔に紹介します。私が通っていた小学校を例として挙げると、学活や総合的な学習の時間といったグループワークが主体となっている授業では障害のある子どもたちも一緒に学習をしていました。学校行事については、運動会の団体競技は特別支援学級の児童のみで行われていた一方、徒競走をはじめとした個人競技は全員参加であり、合唱会も障害の有無に関係なく開かれていました。したがって、通常学級の子どもたちと特別支援学級の子どもたちの交流はありましたが、学活や学校行事が毎日あったわけではなかったため、完全に打ち解けられたというわけではありませんでした。
横浜市港北区にある北綱島特別支援学校。
主に肢体不自由児に対応しています。
(引用:https://www.edu.city.yokohama.lg.jp/school/ss/kitatsunashima/)
中国には「特殊教育学校」とよばれる学校が存在します。中国教育部の統計によると、2021年度の時点で2,000以上の特殊教育学校が存在し、在校生は100万人近くいます。 特殊教育学校は公立であり、学費はすべて国が負担しています。
障害の程度が軽い児童・生徒たちは、通常学級で学習することもあります。しかし2021年5月の時点で中国全土の14歳までの人口が2億人を突破したとされたのに対し、前述したように特殊教育学校に通っている子どもは100万人程度です。障害のある子どもの割合が低いため、通常の学校では設備が整っていないことが課題になっているようです。
続いて1日の流れを紹介します。ここで挙げるものは今回インタビューを受けてくれたAさんから聞いた、ある特殊教育学校の例です。
午前中はどのような授業を受けるべきか、先生と生徒との面談があります。子どもの現状を把握するため、先生と保護者の面談もあるようです。授業は座学と体操があり、年齢に応じた知識を獲得することや身体をリラックスさせることを目的としています。
午後には各々の障害に合ったレッスンをする特別授業があり、主に手話やリハビリなどの授業があるようです。
交流の頻度については、障害の程度が軽い児童・生徒たちは一緒に授業を受けているため、日本よりも多いと考えられます。しかし、Aさんは「健常児が障害児を受け入れられるかどうか次第であり、偏見が多いのではないか」と言っていました。
2019年開校の深圳の特殊教育学校。プールやリハビリルームなど様々な施設があります。
(引用:http://gd.ifeng.com/a/20190905/7717984_0.shtml)
モンゴルの特別支援教育については中国ほど情報がありません。特別支援学校はわずか6校しかなく、ほとんどが首都であるウランバートル市に集中しています。2019年時点で初等・中等教育を受けている子どもは約64万人おり、障害児は6,000人となっています。
ウランバートル市以外の都市では特別支援学校での教育が困難なことから、健常児と障害児が一緒に学ぶ学校も数多くあります。
インタビューを受けてくれたBさんの学校では、運動会などの学校行事も障害の有無に関係なく全員で取り組んだそうです。しかし同時に「健常児が障害児の難しさ・大変さを理解していない傾向にあったため、同じ学校に通ってはいたものの交流の頻度はあまり高くなかった」と答えてくれました。
モンゴルではJICA(国際協力機構)の主導で2015年から「障害児のための教育改善プロジェクト」が行われています。教育の質やアクセスがあまり良くないことからモンゴル政府は様々な法整備を実施していましたが、さらなる特別支援教育の支援、改善のためにJICAが援助を開始したという背景があります。
このプロジェクトは2019年に終了しましたが、2020年に第2フェーズが開始され、対象を小学校や中学校だけでなく幼稚園にまで広げています。プロジェクトの第2フェーズは2024年まで行われる予定です。
(引用:https://www.jica.go.jp/publication/mundi/202101/202101_07.html)
最後にイタリアについて紹介します。イタリアは中国やモンゴル、そして日本と比べるとかなり異なります。特別学級はなく、特別学校は2015年時点では存在こそするものの、大多数の障害のある子どもたちは通常の学校に通っています。
50年ほど前まで、イタリアはかつての日本や現在の中国と同様に、障害のある子どもたちに対しては特殊教育を提供しており、特殊学級も存在していました。しかし1970年代に入るとインクルーシブ教育の気運が高まり、徐々に法改正が行われていきます。
1971年に軽度・中度の障害児の地域の学校への就学を保障したことを皮切りに、1977年に重度の障害児の受け入れおよび特殊学級の廃止、1992年には幼稚園や大学を含むすべての学校に障害児の就学を認めるなど、20年の時間をかけてインクルーシブ教育のシステムを整備しました。
この他にも、高校では障害の証明書を提出することで比較的難易度が低いテストを受けることができるなど、様々な取り組みがなされています。
また、イタリアには支援教師という役職があります。これは通常学級の中で障害児を支援するためのもので、1989年に導入されました。インタビューを受けてくれたCさんによると、近年、特に小学校で支援教師の数は増加しているそうです。支援教師の役割としては、独立行政法人国立特殊教育総合研究所が提出しているレポートを引用すると『障害児を直接支援するだけではなく、クラスメートが障害児を支援するように配慮したり、学級全体の活動に留意しながら、障害のある児童生徒だけでなく、クラス全体に対しても責任をもつ』となっています。日本の教育システムに例えると副担任制度に近いのではないでしょうか。
支援教師の役割の1つとして、「クラスメートが障害児を支援することを手助けする」というものがあります。このことから、日本や中国、モンゴルと比較すると、健常児と障害児の交流の頻度は高いと考えられます。
今回調査したのは中国・モンゴル・イタリアと、イタリアを除けば日本と同じような文化圏の国であるため、教育も日本と似ているのではないかと予想していました。中国はほとんどすべての特殊教育学校が公立であり、日本でも大多数の特別支援学校は公立であるため、その予想は強ち間違っていませんでしたが、中国では軽い障害のある子どもたちは通常学級で学んでいることや、そもそも「特殊教育」と「特別支援」というように名前が違うことを鑑みると、細かいところは日本と異なる施策があるということが分かりました。
モンゴルについては、留学してきた学生に会うまでは文化的なことを含めてもほとんど何も知りませんでした。しかし、日本以上に首都一極化している一面があることや日本の団体が特別支援教育の発展のために尽力していることなど、自分で調査することで新しい側面を知ることができました。
今回の調査で最も驚きを覚えたのが、イタリアの教育です。事前調査によって障害があっても通常学級で学ぶことが一般的であることは知っていました。それを踏まえ、健常児と障害児をペアにしてバディ制度をつくることで障害のある子どもたちを支援しているのではないかという予想を立てましたが、実際には支援教師という役職が存在していること、バディをつくらなくても障害の有無にかかわらずお互い助け合っていることが分かりました。教育の改革が50年近くも前から始まっていたことや支援教師を志す人が増加していることなど、日本にも学ぶべき点が数多くある国なのではないかと思います。
日本の特別支援教育はまだまだ改善の余地があると思います。その例として国連が日本に対し特別支援教育の中止を勧告しているという記事があったため、 それに対する私の考えを最後に述べたいと思います。
私は、特別支援教育を中止するのではなく、改善する方向に進むべきではないかと考えます。
それは、「障害児は健常児の授業の妨げになるから」という理由ではありません。たしかに、インクルーシブ教育を進めれば障害のある人々への理解は今よりも進むでしょう。しかし子どもは時に、大人が思う以上に残酷です。自分たちとは異なる者を標的に、時には取り返しがつかないところまで追い込んでしまうこともあります。表立った行動はないにしても、無視や物を隠すといった陰湿な行動がないとは言えません。悲しいことですが、私が通っていた学校でも障害のある児童に対してそういったことは何度かありました。
障害の有無に優劣はありません。しかし障害のある以上、周りのサポートは不可欠です。その中で、障害について何も知らない子どもたちの中に放り込むのは果たして良いことなのでしょうか。本人が望んだのであれば尊重されるべきですが、仮に小学生1年生だとすると、わずか6歳の子どもにその判断をさせるのはあまりに重いのではないかと考えます。
多様化していく社会の中でも、人間の根幹をなす教育の重要さは変わりません。障害の有無にかかわらず、まず特別支援教育の現状を知る必要があります。この記事が特別支援教育を考えるきっかけになれば幸いです。
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